「濃いめのカルピス」が普通のカルピスウォーターと同じ値段で売られているのは何故...?
濃いか薄いかで言われたら、濃いほうが得でしょ...?
その疑問を解くべく、我々調査会はカルピス公式ホームページに向かった...
https://www.asahiinryo.co.jp/koime/sp/
でも、「濃いめのカルピス」は490mlということをここで初めて知った。
「 濃いめのカルピス ー カルピスウォーター = 10ml 」
な〜〜〜〜るほど〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
為になったね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜愉快
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子供の頃、雲を見上げては、「あれは犬の形をしている」と決めつけていた。
そしてすぐに犬の雲はちぎれてしまって、寂しくなってしまう。
でも僕からしたらそれは犬の形でも、雲からしたら、偶然そうなっただけで、勝手に寂しくなられても困るだろう。雲の形など点と点を結んだ線の一つでしかないのに。
そんな、観察者の身勝手さを訴えかけられるようでもあった。
あと、劇の最後が印象的で、誰もいなくなった舞台が愛おしかった。
それはただの誰もいない場所で、空っぽの劇場でしかないんだけど、僕の意識が浮かんでいる空間でもあった。見えなくなった風景を寂しく思う自分がそこにいた。
柄本明 vs 女性劇団員、と銘打っているだけに、その対立構造が強く描かれていた。
後半は、暴力や権限を誇示する教師、痛みを訴えることしかできない女学生。
初めは教師の「1+1=?」から始まる算数の授業を、観客は理解して聞いている。だからこそ「4-3=?」を理解できない女学生を笑うことができる。
だが、言語学の授業になった途端、教師の語調が聞き取りにくくなる。柄本明がコミカルな動きやボケを挟み込むおかげで、観客は「聞いてはいるが、それどころではない」という状態になる。
あと、全体を通して戯曲から「暗い」という印象を取り払っていたように思えた。
舞台美術は黒板の落書きのように描かれており、衣装も色合いは明るめ。
戯曲の雰囲気は壊さぬよう、笑いを取り入れつつ、軽快に演じられる。
特に刺殺のシーンなど、怖い部分もあえてコミカルな演出をし、そのすぐ後にまた笑いが入る。面白かった。
こういう観劇の感想とか、書くならツイッターに書くなりして公式からいいね押されたりリツイートされるなりして、例えば公演期間中だったら、それを見て「行ってみようかな」となる人もいるかもしれなくて。そう考えたらきちんと応援するとしてツイッターに書けばいいんだけど。実際自分の出てる公演の時は、どんな感想も嬉しいし(めちゃめちゃ劇団名でエゴサする)、感想は聞きたいものだとわかっているんだけど、それでも書くならブログって媒体が一番書きやすい。ブログはツイッターよりも閉じられた空間だから安心するっていうのもあるんだろうな。
ヌッってしてるほうが描、スンッ...ってしてるほうが猫...
SNSとかで本名使うことに若干抵抗があるので、本名じゃなくてもいいかなって時はこうやって誤魔化しています。
1件でもあればブログの糧にできるので助かりまくまりまくすりMASK
箱⇨ https://peing.net/ja/into_gomibako?event=7