『猫らしき』
翌日、猫らしきものは姿を見せなかった。
猫らしく散歩にでも出ているのかもしれない。
そういえば、猫は散歩に行ったら、どうやって戻ってくるんだろう。
自分の住んでいる家を、自分の住んでいる家だと認識しているのだろうか。
それとも、「この砂利道通って、細っこい道曲がって、塀飛んで窓潜れば飯がある」と、順番で覚えているのかもしれない。
僕の住んでいる家は大通りからは若干隠れているので、たぶん猫にとっては覚えづらいと思う。
不安に思った。
悪い予感ほど当たるもので、猫らしきものは次の日も、その次の日も帰ってこなかった。
あるとき、商店街を通りかかると、路地の向こうに、猫らしきものがいた。
たくさんの猫たちに囲まれていた。
もう、あいつにはあいつの生活があるらしい。
「頑張ってな~~」
返事もせず、猫らしきものは、猫たちと一緒にどこかに消えた。
『水らしき』
目を覚ますと左の頬に固く、冷たい感触があった。
床だった。
どうやらまた玄関で眠ってしまっていたようだ。
目の前の木目をなぞっていると、指の先が猫に触れた。
少し鬱陶しそうに一瞥すると、すぐに離れていった。
喉が渇いていた。
冷蔵庫に入ってる水を飲み干し、空のペットボトルを部屋の隅に置いた。
すると、猫が音に鋭く反応した。
猫は、水蒸気になった。
ペットボトルに入り込むと、また猫になった。
最近、一度入るとなかなか出てこないから、心配になる。
猫ってそういうものなんだろうか。
『穴らしき』
布団を捲ると、コルクが落ちていた。
どこから抜け落ちたのかわからないものだったので、しまっておくことにした。
窓の外にいた猫の顔に、穴が空いていた。
そこから、細い煙が上がっている。
穴をコルクで埋めようとしたが、コルクを入れても穴は大きく、塞がらなかった。
どうやら穴は少しずつ肥大しているらしい。
ここままだと、穴は広がり続け、いつかは猫らしきものごと消えてしまうかもしれない。
そうなる前に、穴を塞ぐものを見つけなければいけない。
穴の空いた猫は「ニャー」と呑気に鳴いていた。
煙は雲まで届いていた。
『猫』
酔いすぎた。
頭に痛みを抱えつつ、電気の消えた街角を一人で歩いていた。
ただでさえ肌寒いのに、雨が降り始めた。
電灯が続く一本道の奥に、黒い男が立っている。
片手に猫を抱えていた。
身動き一つせず、こちらを見つめていた。
なんだか恐ろしかったが、引き返すと遠回りになってしまうので、素早く横を通り過ぎることにした。
黒い男は、背が高く、威圧感がすごい。
猫は男の胸元で、感情も無さそうに顔を振っている。
「猫を見ませんでしたか?」
すれ違いざま、男が尋ねてきた。
僕は足を止めてしまった。
男は猫を抱えていたから。
猫を抱えているのに、そこに猫がいることに気付いていなかったから。
「猫を見ませんでしたか?」
男は続けて聞いた。
「猫を見ませんでしたか?」
僕は無言でその場を通り過ぎた。
振り返ることもしなかった。
家に帰ると、ミケが出迎えてくれた。
なんとなくまだ恐怖心が抜けず、思わずミケを抱きしめた。
大丈夫だ。猫はいる。
ミケは「おかえりなさいませ」と言ってくれた。
ミケの熱と重みが確かに体に伝わっているのを感じ、僕は安堵した。

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