エモエモ日記 #8 「たぶん猫2」



『猫らしき』





翌日、猫らしきものは姿を見せなかった。


猫らしく散歩にでも出ているのかもしれない。



そういえば、猫は散歩に行ったら、どうやって戻ってくるんだろう。



自分の住んでいる家を、自分の住んでいる家だと認識しているのだろうか。


それとも、「この砂利道通って、細っこい道曲がって、塀飛んで窓潜れば飯がある」と、順番で覚えているのかもしれない。


僕の住んでいる家は大通りからは若干隠れているので、たぶん猫にとっては覚えづらいと思う。


不安に思った。




悪い予感ほど当たるもので、猫らしきものは次の日も、その次の日も帰ってこなかった。







あるとき、商店街を通りかかると、路地の向こうに、猫らしきものがいた。



たくさんの猫たちに囲まれていた。




もう、あいつにはあいつの生活があるらしい。



「頑張ってな~~」


返事もせず、猫らしきものは、猫たちと一緒にどこかに消えた。











『水らしき』

目を覚ますと左の頬に固く、冷たい感触があった。


床だった。


どうやらまた玄関で眠ってしまっていたようだ。



目の前の木目をなぞっていると、指の先が猫に触れた。


少し鬱陶しそうに一瞥すると、すぐに離れていった。




喉が渇いていた。


冷蔵庫に入ってる水を飲み干し、空のペットボトルを部屋の隅に置いた。



すると、猫が音に鋭く反応した。


猫は、水蒸気になった。


ペットボトルに入り込むと、また猫になった。



最近、一度入るとなかなか出てこないから、心配になる。


猫ってそういうものなんだろうか。















『穴らしき』




布団を捲ると、コルクが落ちていた。

どこから抜け落ちたのかわからないものだったので、しまっておくことにした。

窓の外にいた猫の顔に、穴が空いていた。

そこから、細い煙が上がっている。

穴をコルクで埋めようとしたが、コルクを入れても穴は大きく、塞がらなかった。

どうやら穴は少しずつ肥大しているらしい。

ここままだと、穴は広がり続け、いつかは猫らしきものごと消えてしまうかもしれない。

そうなる前に、穴を塞ぐものを見つけなければいけない。

穴の空いた猫は「ニャー」と呑気に鳴いていた。

煙は雲まで届いていた。











『猫』




酔いすぎた。



頭に痛みを抱えつつ、電気の消えた街角を一人で歩いていた。




ただでさえ肌寒いのに、雨が降り始めた。



電灯が続く一本道の奥に、黒い男が立っている。



片手に猫を抱えていた。



身動き一つせず、こちらを見つめていた。





なんだか恐ろしかったが、引き返すと遠回りになってしまうので、素早く横を通り過ぎることにした。



黒い男は、背が高く、威圧感がすごい。



猫は男の胸元で、感情も無さそうに顔を振っている。







「猫を見ませんでしたか?」





すれ違いざま、男が尋ねてきた。







僕は足を止めてしまった。




男は猫を抱えていたから。



猫を抱えているのに、そこに猫がいることに気付いていなかったから。








「猫を見ませんでしたか?」




男は続けて聞いた。





「猫を見ませんでしたか?」




僕は無言でその場を通り過ぎた。





振り返ることもしなかった。











家に帰ると、ミケが出迎えてくれた。



なんとなくまだ恐怖心が抜けず、思わずミケを抱きしめた。



大丈夫だ。猫はいる。



ミケは「おかえりなさいませ」と言ってくれた。



ミケの熱と重みが確かに体に伝わっているのを感じ、僕は安堵した。