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エモエモ日記 #7 「たぶん猫」

執筆者の写真: 岩塚光希岩塚光希







「猫が飼いたい。」







向かいに座る男がこっちを見やった。


訝しんでいるようにも、苦笑しているようにも見えた。







「猫が飼いたい。」







終電の電車内に響く弱々しい声は、間違いなく自分の口から漏れていた。




普段なら気にする周囲の目も、今は気にならない。


そこに意思はなく、ただの感情だけがあった。





内に留めておくことができないほど迸る感情。


抑えることは不可能だった。








「猫が飼いたい。」







僕は孤独に狂わされたのかもしれない。



もしくは、ストレスから来る疲労のおかげか。








「猫が飼いたい。」








どちらでも構わなかった。



もう頭の中はスコティッシュフォールドでいっぱいだったから。














着の身着のまま自室の床に倒れ込む。



いつの間にか帰宅していた。



布団まで動くことも煩わしく、このまま寝てしまいそうになる。






こんなとき、疲労も一瞬で吹き飛ばすほどの癒しがあれば...。












そのときだった。




不意に、温かくて湿った何かが頬を撫でた。










いや、「撫でた」のではなく、「舐められた」。




おもむろに顔を上げた。








そこにいたのは、たぶん、猫だった。











猫っぽいが、なんとなく猫ではない気がする。






猫といえば猫なのかもしれない。







恐らく猫だった。












まあ細かいことなどどうでもいい。




あれだけ飼いたいと思っていた猫が、こうして自室に、目の前にいるのだ。



今はただ喜びだけを噛み締めていたかった。








猫は悠然と部屋を歩き、コツンと壁にぶつかると、向きを変えてまた歩き出す。





そんな可愛らしい仕草を見ていたら、日頃の疲れなど初めから無かったような気さえしてきた。








猫、すごい。







猫、かわいい。







飼っててよかった、猫。












呼び掛けたら反応してくれるんだろうか。










「おーい。」












猫は愛らしく「ニャー」と鳴いた。











それから続けて、



「愛称を決めてください。」



と優しい声で言った。













喋った...。














「愛称を決めてください。」









声は猫に搭載されているスピーカーから聞こえていた。









これは猫なのか?




よく見れば、猫は短い円柱の形状をしている。








うーん...。









猫ではないような気がしてきた。








猫じゃないといえば猫じゃないっぽい。






猫じゃないかもしれない。







側面に「amazon」のロゴが入っている。















たぶん猫じゃない。













猫っぽい何かは再び、



「愛称を決めてください。」



と言った。






そのとき、はたと気付いた。






スピーカーから流れるのはあまりに甘く、そして柔らかい声。












「猫なで声だ...」
















(続く)

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