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執筆者の写真岩塚光希

エモエモ日記 #4 「路傍の石」

今週も、過剰人間からの提案。

自意識過剰な人にはぜひ、自分では太刀打ちできない巨大な壁に当たってほしいと思う。


というのも、自意識過剰な人間に必要なのは「大半の他者の目に映る自分はただの石ころである」という自覚だと思っている。

人の目線ばかり気になってしまうのは、自分は期待されているという思い上がりが起因していると聞く。

その思い上がりを排除する第一歩として、自分じゃ到底太刀打ちできないような場違いな空間に足を踏み入れる、というのは良いきっかけになるのではないか。




僕は、日陰者とっては遥かに場違いな「クラブ」に行ったことがある。


もちろん、自発的にクラブへ赴き心行くまま夜通し踊り明かしたわけではない。

酔ってはしゃいで早朝の渋谷で吐いて植え込みで寝てたわけでもない。


そもそも根っからの芋オタクにとって、クラブなんぞ外敵の巣窟くらいにしか思っていなかった。そこに飛び込んでいくことは、毛虫が鳥の巣に突っ込んでいくようなもの。全身を啄まれて死ぬことしかできない。


だが、友人に「面白いイベントがあるから行かないか」と誘われたとき、不覚にも心が踊ってしまった。渋谷で某ゲームの楽曲をメインに回すDJイベントが催されるらしく、僕はそのゲームを遊んだことがあったので興味があった。


「まあ行ってみるか~」くらいのノリだった。


イベント当日、毛虫はのこのこと渋谷にやってきた。


持ってる服の中で一番チャラそうなやつを選んで着て来た。

万が一不良に絡まれでもしたら恐ろしいので見繕った鎧だ。精一杯の見栄。



すると突然、友人からラインが届いた。

待ち合わせの連絡かと思い確認すると、


「急用が出来てしまったので行けない。悪いけど楽しんできて」


ドタキャンを知らせる内容だった。



ここで帰ればいいものを、戦うために武装し、闘争精神を燃やし続けて渋谷に降り立った僕には変な勇気があった。


いける。一人でもたぶんいける。

僕は一人でクラブに行くことにした。


算段はあった。クラブとはいえ所詮は音楽イベント。周りの目など気にせず、ただ音楽にノっていればそれでいい。

そして、知っているゲームの音楽を流すイベントだと友人に聞いていたので、僕はもう既に勝ち気でいた。クラブを楽しむんじゃない、曲を楽しむために行くんだ。




渋谷駅から若干離れた雑居ビルにはいくつか小さなライブハウスが縦に詰められ、その上階に件のクラブが存在していた。


一階でエレベーターを待つ。ドアには様々なバンドと思わしきステッカーが所狭しと貼られていて、まるでお札に見えた。妖怪が封印されている倉のようだった。このステッカーを剥がしたら自縛バンドに取り憑かれ、顧客として一生ライブハウスに閉じ込められることになるんだろうか。



エレベーターに乗り、いよいよクラブへ。ドアが開くと、想像通りの薄暗くてギラギラした世界だった。想像と違っていたのは、狭くて人がまあまあ多かった。平日昼間の小田急線くらいの密度。


大丈夫、きっと大丈夫。

自分に言い聞かせる。受付を済ませて、意気揚々とクラブへと足を踏み入れた。




10分後、クラブの隅の椅子でうずくまってスマホをいじる一匹の毛虫がいた。





いや、虫ですらない。誰の目にも入っていない、路傍の石ころだった。



自分を騙してイベントを楽しもうとしていたにも関わらず、思った以上の人の波に気圧されてテンションが乗り遅れた。さらに、一回しかプレイしていないゲームの曲はほとんど忘れてしまい、音楽に乗るという作戦もことごとく砕け散った。


そんなことはつゆ知らず盛り上がるイベント。混じる勇気が出ない。虚しさを抑えつつ、カウンターまでドリンクを注文しに行く。人混みを掻き分けて進んでいると、談笑する男性と肩がちょっとぶつかった。彼はこちらを一瞥して、すぐに仲間との会話に戻った。邪魔な石がぶつかったな、と言うくらいの感覚だったんだろう。


ドリンクを貰い、さっきの椅子まで戻ってくると、数人の女性グループが席を占領していた。僕は何かを納得するふりをした。


「あぁ~~~、なるほどね」


なるほどなるほど、と宣いながらその場を離れる。何を納得したのか自分でもわからない。

それから壁のほうに寄り、立ちながら無心でジンジャーエールを飲んでいた。



DJは相変わらず知らない曲を流んでいる。ラッパーがそれに乗せてよく聞き取れないライムを刻む。4000円くらい支払っているのですぐ帰るというにも惜しく、僕は壁際でジンジャーエールを飲み干してしまった。



「孤」。完全に孤。圧倒的な疎外感を前に、立ち尽くすことしかできない。



これがクラブか...。



透明なカップの中の氷が解け始めた時には、もう帰ることしか頭に無かった。






帰り道のことは何も覚えていない。たしか、「なるほどね、なるほどね、」と延々と言いながら家路を辿った。



世の中のすべてに自分は太刀打ちできると思っていた。怖いものなど無いと、そう思っていた。


そんな虚勢を暴かれ、欺瞞を砕かれ、鎧を剥がされた結果に自分は虫どころか惨めな石ころだと思い知らされたショックは大きかった。




自分が何者でも無いと知ることから、謙虚の旅が始まる。本当の自信を手に入れることができるようになる。ちゃちなプライドを失ったあの日は、もしかしたら過剰人間の卒業に向けて背中を押してくれた日なのかもしれない。





余談だが、あの日からバンドマンの悪霊に取り憑かれている。帰り際にエレベーターのステッカーを無心のまま幾つか引き剥がしてしまったせいだと思う。今でも渋谷に近付くと、頭の中でドラムソロが鳴り止まない。


最近では、夜な夜な耳元で愚痴を囁かれている。

「チケット売れないバンドが全部辞めれば、マジでハコの質が上がるんすよ」

と、ずっと言われ続けている。



知らない。早く成仏してほしい。

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